『私のピアノ&音楽人生』幼少期♪


京都府福知山市下篠尾の
個人レッスンのピアノ教室



Marikoアンクラ―ジェ♪ピアノ教室



今回のブログはわたしの音楽人生の
一部を綴っていきますので
最後まで読んでいただけたら
嬉しいです♪

わたしの音楽・ピアノとの出会いは
母がわたしを近くのピアノ教室に
通わせることから始まりました。


母はとても教育熱心な人で、
私が小さい時はピアノの練習時に
そばでつきっきり!


監視⁉をされているようで
「やらされている感がいっぱい」の
練習風景でした‼



練習はするものの
正直レッスンが楽しくない‼
子どもながら
そう感じるレッスンでした。


テキストも今と違いバイエルから
だったので余計にそう感じたのかも
しれません。


それでも小学2年生まで通い
発表会では大きい生徒さんをさしおき
トリを弾かせていただいていました。


母はわたしの様子を見て
なんと桐朋学園大学音楽部という
東京の超名門音大を卒業された先生を
ほうぼう探し求めていました。


わたしの母校でもある
桐朋(とうほう)学園大学、
桐朋女子高等学校は
悲しいかな、関西では知名度が低い
音大、音高なのであえて書かせて

いただきますが




日本一超難関の音楽大学と
音楽高校と言われていまして
トップレベルの音大です。



入学試験の科目が多く
1週間ほどかかるので
祖母の家に泊まって受験をした
ことを思い出します。



ですから
ピアノ以外の聴音、ソルフェージュ、
音楽理論など総合的にも間違いなく
日本一、いや世界的レベルの
素晴らしい音大です。

わたしはさておき、
トップレベルの指導者が揃った
歴史ある音大、音高、で学べたことを
誇りに思っております。



これまでほとんどお伝えすることも
ありませんでした。
保護者の方の安心材料の1つと
なりますように・・・



今でしたらヴァイオリンの
高嶋ちさこさんが桐朋出身の
有名人です♪




まだネットなどない時代・・・
母はどうやって桐朋出身の先生を
探したのか
スゴイ行動力‼


運がいいことに、自転車で通える
ところに桐朋出身の先生がいらして
小学3年生から通えることに
なったのです♪


いつも明るくてエネルギーが高く
素晴らしい先生でした‼


先生に会いたくなる、話がしたい、
先生に会うと元気をもらえる‼
勇気がでる‼
そんな先生でした。




今思えば先生のわたしへの関わり方が
とってもよかったのだと思います‼



練習が楽しくて、上達するのが嬉しく
すすんでピアノを弾いていました♪


わたしへの関わり方だけでなく
母ともとっても仲がよく
いつも笑いながら楽しそうに先生と
話をしている母を今でも覚えています。



母が先生を全面的に信頼してお任せし
家でもいつも先生をほめたたえていました。


そういう姿を見てわたしも
安心してレッスンを受けどんどん
上達できたのだと思います。

わたしの可能性を上手に引き出して
くれて、音楽の楽しさ、ピアノを弾く
ことの喜びを伝えてくれた恩師。




恩師との出会いによって、意欲が高まり、
わたしの音楽人生が開かれました‼
ここから『ピアノに夢中』に

なっていったのです♪

ここが、今のわたしの
『レッスンの原点』
になります。




今思い返すと、
人生が変わるほどのことなので
先生との出会いがいかに大切か・・・
どんな先生に関われるか・・・


これは運命的ものも感じます♪
その時のタイミングって
ありますものね。

「ピアノに夢中」になれたのは
ひとえに
「レッスンが楽しかったから♪」
につきます。


それもただ楽しいだけでない
奥の深さを感じる
指導のしかた・・・


「たかがピアノの先生」
と思われるかもしれませんが

「されどピアノの先生」
なのだと自分の経験から
つくづく実感します!



わたしも恩師のような
『生徒さんの可能性をどんどん
引き出させる指導者』

でありたい
と改めて思います。


話しは戻りますが・・・
小3からどんどん伸びて小学5年の時
その恩師のさらに先生、当時
桐朋学園大学音楽部の教授をされていた
大島正泰先生のところへレッスンに
行かせていただくうちに
そのまま毎週通うことになりました。


初めのうちは、母が道中付き添い
レッスンにも同席していました。


しかし先生は、わたしを自立させるよう
母に指導されて、」それからは
バスと電車を乗り継ぎ1時間半ほど
千葉市から東京都目黒区の先生のお宅まで
1人で通いました。



今では安全上ちょっと考えられない
かもしれませんね。


ピアノの先生なら誰でも知っている、
アメリカの作曲家で
今でも絶大な人気を誇る
「バーナム」という
指の練習曲のテキストがあります。



もうお亡くなりになられましたが
恩師の大島正泰先生は
そのテキストを監修されたり、
トンプソンという作曲家のテキストの
訳もされていて



バーナムやトンプソンを日本に広められた
ピアニストでもありました。



楽譜の表紙に名前が記載されているので
ご覧になった方もあるかもしれませんね。


大島先生からは、おおらかで
ダイナミックな弾き方を教わり
わたしの演奏のスタイルの
土台になっていると言えます。



今考えたら本当に素晴らしい先生方に
師事することができ
とても運がよかったのだと思います♪

小学3年生からピアノ以外にも
桐朋学園大学音楽学部付属の
「子供のための音楽教室」に通い


聴音、ソルフェージュ、音楽理論など
幅広く音楽を学ばせていただきました。



ピアノ演奏は恩師のもとで研鑽し
子どもの頃から総合的に音楽を
学べたことは


現在レッスンをしてく上で
わたしのかけがけのない貴重な
音楽体験となっています。


最後までお読みいただき
心から感謝いたします。











関連記事

  1. 繊細なお子さまにピアノはいいのですよ♪

  2. 自分らしい『虹色のピアノの音』を探しに行こう♪

  3. 他のピアノ教室の体験レッスンを受けても大丈夫ですか?

  4. ピアノレッスンで集中できるのか不安です‼

  5. カード1枚を選べなかった生徒さんが・・・

  6. ピアノの練習するといいこといっぱい♪